
H・E・A・R・Tは、“今のこの瞬間”を感じることのできる最高のライヴ
中島先生の主宰するグループセッションH・E・A・R・Tの素晴らしさを、
皆さんにお伝えしたいと思います。
グループセッションでは、自分以外の人の、真のリアルな悩みを聞く事が出来ます。
この体験は、日常ではあまりできません。
わたしたち(特に日本人は文化的な背景から)は、なかなか本音で話し合ったり、
ぶつかり合ったり、心の底の悩みを打ち明けるという事をしません。
特に社会人となって自立してからは、そういった心の弱さに向き合ったり、
人に吐露したりする時間を、忙しさの中で失ったり、弱い自分をさらけ出すことに
抵抗を覚えたりするために、一人で抱えることになりがちです。
私たちの社会にとって、そうやって表面上は大人の仮面をつけて社会生活を営む事は、とても重要なのですが、その半面、「こんな悩みを抱えているのは私だけなのかしら・・・」といった必要以上の不安や、孤独感を抱えなければいけないという側面も持っています。
他者の悩みを聞くという事は、その孤独から解放されることでもあります。
そして、ただ聞いているだけのつもりでも、その人と自分自身を照らし合わせたり同一視したりすることで、いつの間にか傍で聞いている人も、同時に癒しの体験をすることが出来るのです。
私たちは、大人になってからは、何かと忙しい日常生活に追われ、自分自身の心や感情、そして周りの大切な人の心や感情に対して鈍感になっていたり、切り離してしまっていたりします。
この“感情の切り離し”は、生きている実感や充実感を奪い取り、虚無感や孤独感となって、私たちの心を気付かないうちに蝕んでいきます。
H・E・A・R・Tでは、生々しいリアルな感情体験をします。これは、時には苦しく辛い感情として体験されますが、それは切り離されてしまった心の一部の悲鳴を聞くようで、とても切なく感じられる事もあります。
ですが、そのように人知れず切り捨てられ、殺される者があったからこそ、私たちの現実生活は守られてきたのだと考えるとき、せめてその痛みを一緒に感じ、鎮魂することで、真の心の癒しが行なわれるのだと思います。
そして、人が癒される体験を見ながら、同時に自分も癒しの体験をしていくわけですが、人前で悩みを吐露するという体験もすることができます。
これは、簡単なようで、なかなか難しい事だと思います。私たちは、人前で弱みを見せる事に慣れていませんが、この弱みをさらけ出すという行為には、心の強さが必要なのです。真の強さとは、弱さを受け入れ、さらけ出せるところに存在しています。
はじめは、勇気が要るかもしれませんが、温かく見守ってくれている沢山の仲間や、何といっても中島先生という大きな存在に守られながら、何とかそれをやっていくうちに、今まで体験したことの無い、安心感や充足感を得ていく事が出来るのです。
昨今、隣に誰が住んでいるのか分からないくらい、人と人との結び付きや触れ合いがとても少ない社会になっております。
わたしたちは戦後、集団から個へと、より自由を求めて、より個性を求めて変化してきました。古い家父長制度を捨てて、個人を尊重しようといった動きは、誰もが理想を求めて自己実現できるチャンスを得られる、素晴らしい時代の流れと言えるのかもしれませんが、同時に大きな孤独と責任をも引き受けていかなければならない時代でもあるのです。
しかし、わたしたちは人間である以上、誰かほかの人と分かち合ったり、触れ合ったりしたいという欲求は、変わらずに持ち続けているのです。
グループセッションの利点は、人と人の心が触れ合ったり、またお互いを支え合ったりするという、温かい交流を持てるところにあると思います。
私たちは、「誰かの役に立ちたい」「必要とされたい」といった欲求も持っています。そしてH・E・A・R・Tには、助けを必要としている仲間が集まるわけですから、「誰かに与えたい・・・」という欲求も、同時に満たせるわけです。
グループセッションは、心のリハビリ施設のようなものです。現実の社会では得られない、人と人との交流を体験することで、自らに自信を取り戻し、自分の生きる場所(家族、会社)で、そのような体験が得られるようになっていくのです。
H・E・A・R・Tは、心の傷を癒すのに最適な場所であると同時に、現在セラピストとして活躍されていらっしゃる方にも、最適な場所だと感じています。
セラピストの方は、往々にして自分自身の心の癒しに対して無頓着になりがちです。「医者の無養生」といった言葉があるように、自分に過剰な自信を持ってしまうと、知らず知らずのうちに、独りよがりな生き方になってしまうものです。
そのような、“癒すもの”と“癒されるもの”といった高い壁のような境界を取り去り、一人の人間対人間として、クライアントの方と真実に向き合っていけるセラピストを、中島先生は養成したいと考えていらっしゃるように思います。
また、中島先生のセッションを見ていると、え?と驚くような場面が出てきたりします。まるで何もかもお見通しで、計算されてこうなったのかな?というような場面です。
中には、芝居のようだと思われる方もいらっしゃいますが、中島先生のセッションに台本はありません。わたしたち一人一人、同じ人間はいないのであって、癒しが起きてくる過程も人それぞれなのですから、決まった形やあるべき姿に導くといった単純な作業とも違います。
中島先生には、クライアントと自分自身を隔てる高い壁はありません。あるのは、目の前に座っていらっしゃる方の自我がどう考えていても何を言っていても、その方の背後にある無意識の大きな意図に耳を傾け、その人自身が持っている自己治癒力を最大限に発揮できるようお手伝いするという、強い決意のようなものです。
え?と驚くような場面は、このように無意識と無意識の真の交流が起こった時に発動されるようなものであって、決して作られたものではないのです。
セラピストであれば、自分自身の心の動きに敏感でなければいけません。そうでなければ、クライアントの方のわずかな変化や心の動きに対して、敏感に対応する事が出来ないからです。
そして自らが心の癒しに至る体験をしなければ、決してクライアントの方の気持ちは真実理解できないのです。
H・E・A・R・Tは、セラピストの方にとっても、まずはクライアントとして心の癒しを体験できる貴重な場所だと思います。
“今この瞬間”を生きている人は、実はとても少ないように思います。多くの人は、過去を背負い、いまだ起きていない未来に心を奪われ、忙しさを理由に自分自身の人生や心の問題に取り組んでいないからです。
そのように、自分自身と遠く離れた生き方は、うまくゆかなくなってくるものです。見せかけはうまくいっているようでも、家族の中で配偶者や子供に大きな問題が出てきたり、身体や心を壊してしまったりする出来事も起きてきます。
H・E・A・R・Tは、リアルな感情を体験していきます。これは、切り離された自分を取り戻す作業なのです。そして、“今この瞬間”を体験できる、素晴らしいライヴなのです。