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私たちの心の中には、「理想の父親(父性)」と「理想の母親(母性)」の
イメージのようなものが存在しています。
子供は親に対して、絶対的な愛情や権威を期待するものですが、
現実の親は人間である以上、絶対的な存在にはなり得ません。
ですから、往々にして子供は、現実の親と理想の親との狭間(ギャップ)で傷ついたり、
怒ったりすることになるのですが、その親と子供との間の、時として激しいぶつかり
合いが、親や子供の人格や個性を磨きあげていく糧となり得るようにも思います。
ですが、心の傷をそのままにしている親は、子供が傷ついたり、悲しんだり、
怒ったりすると、自分自身の劣等感や不安、恐れが激しく揺さぶられてしまうため、子供の心の傷や、
自分自身の怖れや不安を、意識的にも無意識的にも、見ないようにしてしまいがちです。
あるいは、子供が傷ついたり、ネガティブな感情を持ったりしないよう、過剰に配慮したり、取り除こうとしてしまい、子供が自立したり成長したりする折角のチャンスを、台無しにしてしまうこともあるようです。
自分の心の中にある「イメージの親」は、実際の親との間に葛藤を生む、やっかいな側面を持っていることは確かなのですが、セラピーを受けることで、自分のイメージの親が、自分自身の人生を助けてくれるようにもなります。
私は2歳で父親と死別したので、父親の記憶はまったくありません。まったくないと言っても、本当に何もないわけではなく、最愛の父親の死という現実を、2歳の私は受け取ることができなかったので、深い無意識の底に沈めてしまったのです。その結果、父親という存在を感じたり、イメージしたりすることが出来ないでいました。
私たちにとって、父親という存在は、無意識的には“社会”を表します。社会の秩序や社交性は、父親によって鍛えられると考えられているわけですが、私の場合、あまりにも幼いころに父親(父性)を自分(自我)の外(無意識)に追いやってしまったので、常に社会に対する不安や恐怖を抱えるようになっていました。
表面的には深刻な問題には至らなかったのですが、心の中は、学校や職場といった集団に対する、原因のよくわからない恐怖や不安で常にいっぱいだったのです。
クライアントはセラピストに、何かしらの自分自身が抑圧している存在を投影することになるのですが、それは時に、強烈な感情として意識される事があります。(これを転移といいます)
わたしも中島先生と接していて、時に強烈なイライラや怒りが起きてくることがありました。知識としては、感情転移のことは知っていたのですが、起きてくる感情は、今まさに感じているリアルな感情として体験しているので、「イライラを生み出している原因は中島先生には無い」という頭で理解していることと、実際に体験している怒りやイライラの感情との間で、もがくような苦しみを体験したこともありました。
この体験は、私の中で、中島先生というセラピストを通して、自分自身の中に父親(父性)を育んでいくための、通過儀礼だったのです。
心の中に住む理想の親と、現実の親との間にあるギャップを、大きな葛藤として体験し、時として現実の親とぶつかり合いながら子供の心が成長するとともに、自分自身の中で父性や母性が育っていくのですが、これは、父を失った私には出来なかった体験でした。
中島先生のことを、ヒプノセラピーのスクールに通っていた時代から、父親のような存在として意識した事は一度もないと思っていたのですが(といっても、私自身が父親のイメージを持っていなかったのですが)、わたしの無意識は、その時すでに働いていたのでしょう。スクール時代の初期のころに、小さな女の子になって、中島先生におんぶしてもらって泣いている夢を見ていたのですから、無意識の働きの大きさを感じずにはおれません。
そしてある日、何気ない先生との会話の途中で、まったくの無意識に、中島先生の事をあやうく「お父さん」と呼びそうになったとき、本当に驚きました。
何故なら、その時まで、自分が中島先生に父親を投影しているなど、まったく思っていなかったからです。投影しているかもしれないことは、知識の中ではわかっていましたが・・・。
それは、社会的な集団の中に入って、自分がその集団に参加することに対して、過剰な不安や怖れを抱かなくなっている事を、不思議に思っている時期でした。
普通なら、問題が無くなったのであれば、ことさら意識されなくてもよい事であったかもしれません。ですが、このエピソードを通して無意識のわたしは、自我にこの事をはっきりと自覚することを要求したのでした。セラピストとして、この事を無意識のままに、ぼんやりとさせておくことは許されなかったのです。
現実の父親は、幼いころに亡くなってしまいましたが、私の中のイメージの父は、私が生きているかぎり亡くなる事はありません。
父を失った時、傷を負ってゆがめられ、無意識の底に沈んでしまっていた私の中の父のイメージが、セラピストとの関係の中で回復し、機能し始めたと同時に、私の中で眠っていた新たな可能性が芽生えたことは、とても喜ばしい事ではあるのですが、そこに至るためには、ある程度の心の痛みや葛藤といった、苦しみを通る必要があります。
心の傷をそのままにしていると、成長するために必要な傷や痛みを、意識的にも無意識的にも、避けようとしてしまいます。
それが、子供に対しては過保護のような形になって、子供に与え過ぎてしまったり、過干渉になってしまい、自分自身に対しては、過剰な危険の回避(私の場合は集団に対する恐怖や不安、ひきこもり)となって、自分自身や子供たちの真の成長を阻んでいたように思うのです。